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この世と黄泉

2011–04–14 (Thu) 02:29
ヒアアフターについてはいろいろ言っとこう、ということがあったけども。

地震が来てしまって、そんなチンケナストーリー解説、くだらなくなったぜ!

なんてことはない。いっておきたいことはあるので、しかし、文章を練ってる暇もないのだが。
といっても、僕がブログをはじめたころにやっていて、今はやりたくないいわゆるストーリ謎解きに存分にかかっていることではあるのだが。


すなわち、三者が入り混じるような話ではありながら、実は構造としては並列ではない。
すなわち少年→中年男→女性記者。
という列ができている。

で、そのうち機軸とされるのは当然、端の両者に囲まれる中年男となるのは、自然な話。
ここで、「少年とか女性記者の意味合いってなんなの?」、「少年、記者の描写が浅い」
という不満に、普通なら駆られるのであろうが、そこにはまるってのは、"いわゆる"、"最近の"*1「群像劇」に教育(すなわち洗脳)されているとしかいいようがない。

クリントは相変わらず、人生の、歴史の、一瞬をただただ切り取っているだけ。
んで、青年はたまたま切り取った約90分という時間の中軸にいただけ。
彼にとっては両端の彼らは、キーパーソンであれど、彼自身の人生の主役では当然ながらないのだ。

そのことをわれらは(スクリーンを通すと)、すっかり忘れてしまっているのではないか。
僕らは、忘れることでせめて、その時間だけは。。。と一見、癒しともいえる甘えに堕してはいないか.

画面をよく見ろ。そこには、「これまでの苦悩とは、喜びを知ってしまった瞬間に、そのことを思い出せないものである」という人生賛歌をあふれんばかりに詠っている光のまたたきしかないではないか。



*1 最近の というのは常套文句であり全く正確ではない。古典でもあるものはあるもだし、むしろ大衆へはテーマとして"それ"を歌いつつ、やりたい放題という例は枚挙に暇はない。というわけであとえばバベルだとか、めぐりあう時間たちを揶揄してるわけでは…ない。
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