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「監督・ばんざい!」

2007–07–02 (Mon) 16:27

製作年度 2007年
製作国 日本  
上映時間 104分
監督 北野武
脚本 北野武
音楽 池辺晋一郎
出演 ビートたけし 、江守徹 、岸本加世子 、鈴木杏 、吉行和子 、宝田明 、藤田弓子 、内田有紀 、木村佳乃 、松坂慶子 、大杉漣 、寺島進 、六平直政 、渡辺哲 、井手らっきょ 、モロ師岡 、菅田俊 、石橋保 、蝶野正洋 、天山広吉


映画が楽しめるかどうかってのは、多分にその時の自分の状態ってのにも左右されるものですが。
 
真昼間から深夜まで映画5本はしごというアホなことをやって、その5本目に「監督・ばんざい!」を見たもんだから、それはそれはキツかったっすょ。



北野武の自分殺しは前作「TAKESHIS'」から顕著に見て取れるのですが、それにしたって前作は“繭になり羽化する”願望を、実は素直な画面に乗せてた気がしたのですが。

今作に到っては繭ではなく、“抜け殻”になってしまい、画面自体も“変”。

“変”というのは、映画の透明な部分を透明じゃなくすってことなんですが…

多くの古典的な物語映画(特にアメリカ)ってのは、自らが映画であることを観客に悟られないようにします。
たとえば、登場人物がカメラ目線で観客にしゃべりかけるとか。
あるいはカメラマンの手だったり、照明さんだったりが映り込んだりとか。
こういうことをすると、観客は物語世界に完全埋没することを中断させられるわけです。
「この物語世界は現実世界で再現して、カメラで撮ったものだ」ということを意識するからですね。
前者だとわりかし見られる手で、ゴダール映画でやたら見るし、たしか「HANA-BI」のラストもちらっとそんな感じだったような(曖昧。
後者は「蒲田行進曲」、「理由」のラストなんかでしょうか(知識貧困。



「TAKESHIS'」が“実は素直”ってのは、その意味において(比較的にも)透明性を保ってたってことです。
フィルムのつなぎはバラバラでしたが。


で、北野作品の折り返し地点であるかのような「監督・ばんざい!」は、松本の出発地点である「大日本人」とシンクロするかのようにその透明性を意識的に打ち破る映画であるわけです。

同じシーンで、ビートたけし本人とたけし人形が入れ替わり立ち代りながらショットがつながれています。
宙を舞うたけし人形は明らかにそれを動かす黒子さんが映っちゃってます。
北野監督が映画を撮りまくるという“映画の映画”であると同時に、「監督・ばんざい!」自らが映画であることを常に意識的であるというわけです。



この映画で北野武殺しとともに、所謂“北野映画”も物語世界の破壊によって、その息の根を完全に止めてしまった、という意味においては観ておくべき“折り返し映画”ではないでしょうか。


……


「大日本人」もそうだったけど、あの溢れくる“照れ”が武映画の魅力ですよね。
タイトル“GLORY TO THE FILMMAKER”ってテロップを出しかけて、やめちゃったり。
でもラストでえいやってキチっとだしてね。




とは言ったものの、ぶっちゃけつまりわたくしがもはや、どう座りなおしてもキツイ状態だったので、それに「監督・ばんざい!」はまるで苦行でしたw
あと一本観てたらエコノミー症候群で死んでましたね。
井出博士以外はシンドカッタ。

バカ映画なんだけど、ある種の“映画の品の良さ”は隠せるもんじゃないんですねぇ…



それにしても鈴木杏が年々、杉田かおるに似てきていると思うのはわたくしだけでしょうか。


(070628)
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