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ハンディカメラによるドキュメンタリータッチの臨場感とは何か?

2008–04–20 (Sun) 02:30

「クローバーフィールド/HAKAISHA」

原題: CLOVERFIELD 製作年度: 2008年
監督: マット・リーヴス 上映時間: 85分

「シーモンスター」

原題: SEA MONSTERS: A PREHISTORIC ADVENTURE 製作年度: 2007年
監督: シーン・マクラウド・フィリップス 上映時間: 40分


「クローバーフィールド」と「シーモンスター」は、目指しているものが全く正反対でして、そういう意味でハシゴ見しておもしろかったです。

「クローバーフィールド」は説明するまでもないかもしらんが、登場人物自身がハンディカメラで撮っているものを、直で観客が見るという型の映画なわけですが、つまり、何故、この手を使っているかというと一言にすれば“臨場感”っつーことになるんでしょうか。

しかし、この映画の型の臨場感って何なんでしょうかね。


確かにある種のリアルさは感じるのですが、登場人物がかつて映したものを見ている、という呈なのでどちらかというとドキュメンタリー的リアルなんだと思うのです。
あるいは、“警視庁24時”だとか、“カメラが捉えた驚きの瞬間”的な、または”長井さん銃撃”のようなジャーナリズム映像を見るときのリアルさって言ったほうが近いかしら。

本当に起こったかのように工夫しているんだけど、それが報道映像チックに見せるっていう手段をとった瞬間に、観客とスクリーンの向こう側には確実にカメラレンズが間に挟まっていることが約束されてしまいます。
報道映像ってのは見て確かに臨場感を感じるし、そこにショッキングな事柄が映っていれば、ボクらはゾッとするでしょう。
チベット報道を見ても、恐ろしいといった感情を抱くでしょう。
しかし、それを見てゾッとすることと、自分がまるでチベットにいるかのように感じるかどうかはまた別問題で、おそらく僕たちはチベットにいるかのようには感じないんじゃないでしょうか。
僕らとの間にはレンズが介してることが前提にあるから。


かつて人々は、リュミエールの機関車が駅に入ってくる映像を見て、本当に機関車がこっちに向かってくる!と劇場を逃げ出したといいます。
その頃から映画ってのは、まるで観客がスクリーンの向こうにいるかのように感じさせようとすることを目指しているんじゃないかと思うんですよ。
如何にカメラ(レンズ)という存在を消すか。
その意味でやっぱり、テレビとか他のメディアとは違うんだと思うんです。
そして、だから同じ映画でも劇場で観るのと、家で観るのとの意味も違う。

(ただし、時には意図的にレンズを意識させる場合もある。たとえば、主人公がカメラ目線で、観客にしゃべりかけるかのようなショットが入ったり、自らが映画であることを意識させようとする場合がたとえばゴダール映画にもある。しかし、結局のところ、あくまでレンズを意識させない基本があるからこそある種の効果をもたらす。)


だから、はっきりいって「クローバーフィールド」が現そうとする臨場感ってのは、履き違えじゃないかと思うわけです。
だたし、この手法が絶対ダメっつーわけでもないんだけどね。

でも、この映画観ててイタいのは、ハンディで臨場感をだしているかわりに、映っているモノに関しての工夫が全く感じないこと。
たとえば、怪物に噛まれて、なにかしらに感染して死んじゃうとことかね、絶対もっとおもしろい表現の仕方があるわけですよ。
しかし、全く凡庸なわけです。

怪物を映してるのも、それはそれでちゃんと見せてるのは誠実だけど、見せ方にも全く工夫がない。
わっ!こういう見せ方するのか!、という驚きがない。

観終わって何も残らない


そういうのって、根本的に映画が目指す方向として違うと思うんですよねぇ…こんな映画が流行るならば、映画文化自体が衰退していく気がする。
少なからずの、テーマ性先行映画にも同じことを感じるのだけれど。



で、「シーモンスター」ですよ。
デジタル3-Dシネマっつーやつですよ。

この3-Dシネマ技術ってのは、つまり、「クローバーフィールド」と目指してるところは正反対なわけです。
いかにカメラレンズの存在を消すか。
いかに観客自身が「わーっ!海の恐竜に囲まれてる!」と感じさせるか。

というとこなわけです。

シーモンスターに関しては、博物館の「縄文時代の暮らし」紹介映像みたいな感じで、「ドリコリンコプスは今から~年前、地中海くらいの大きさの内海で魚を食べて生きていた…」的なナレーションで進んでいくので、これがもちろん映画であるってことは分かるわけです。
つまり、クローバーのようなリアルさは目指してない。
に関わらず、しかし、あたかも恐竜世界に居るかのような臨場感を感じるんですね。

これこそが映画の目指すとこなんじゃないかしらね。


蛇足。
デジタル3-Dシネマってまだまだ普及してないけど、大きな要因はたぶんDLPだからなんですよ。
フィルムじゃなくって、DVDをプロジェクターで流すみたいなシステムなんですよ。
だから、普通の映画館じゃなかなかやれないんですね。

でも、近日公開の「センター・オブ・ジ・アース」ていう映画は、フィルムで3-Dをやるっちゅー試みの映画らしいです。
もし、フィルムで3-Dをやれるなら、既存の映画館でも上映できるという可能性が開かれるわけです。
これは是非、注目したいです。

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コメント

そうそう!

>チュチュ姫さん

>イラク戦争の映像、ネットで観る結構リアルな映像

そうなんです。

でも、それって映画としていいのか?って思っちゃうんですよね。
そもそも、これをリアルと感じるのは知らず知らずのうちに、テレビメディアに「これが今のリアリティですよ。」と悩にインプリンティングされた前提である気がするし、もしそれを盲目的にリアルと受け取ってしまうのは危険じゃないかとも思うのです。


それでも、映っている先のものも充実してたらいいんですけれども、たとえば「アイ・アイム・レジェンド」で、日没が迫っているのに足を怪我して歩けないウィル・スミスのシーン。
迫る影と、逃げるウィルという、映像として楽しめる工夫があるんですけども、クローバーフィールドはフレームばかりを気にして映像の工夫がなかったかなぁ、と思いました。

おひさでーす!

私ねー、『クローバーフィールド』は不覚にも気に入ってしまいましたよ!とりこさんが言ってる臨場感うんぬんなんですけど、私が気に入ったのは、なんかさ、CNNとかで、イラク戦争の映像とか観るじゃん。あ!それより、ネットで観る結構リアルな映像のほうかな?ああいうのって、すっげえリアルなのに「どっか他人事」じゃない?それがまさに『クローバーフィールド』なんですよね!

手法とか、映像的な価値といったらわかんないけどさ、現代の情報社会で私たちが目にするもののパロディというか、なんかそういう感じが良かったです。

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