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トウキョウソナタの語り

2008–09–11 (Thu) 14:49
書き起こしはとっくにやってたんですけど、読み物としてそれなりにおもしろく編集しようと思ってたんだけど、めんどくさくなったのです。

記憶に依っているので、ボクの脳内変換された可能性が十分にあることはご了承ください。

あと、なぜか太字が効かなくなって見づらいですがゴメンナサイ。



  ―カンヌ国際映画祭である視点部門で審査委員賞を受賞しました。
  みなさんスタンディングオーベーションだったということでどうでしたか感触は。

だいたいスタンディングオーベーションってするんです。
いやでも義理でも必ずするので、出演者とか監督とかが立ち去っていくまでずっと拍手してるんですよ。
だからずっと居残っていると永遠してるっていう、だから10分間鳴り止まぬってのは、10分間いつづけたってことで(場内笑)
僕らの場合、拍手してる方がかわいそうなので、なるべくとっとと立ち去るようにしたのですけど。
ただ実感として、スタンディングオーベーションしたかしなかったかはどうでもいいことで、とっても暖かく映画をたのしんでくれたなという雰囲気は伝わりました。それで十分満足でした。


  ―印象的なラストでしたが、何か思い入れはあったのでしょうか。

ピアノを弾くということは最初の段階で決めていましたが、どの曲をどういう設定で弾くかは考えてました。
一曲まるまる聴かせたかったので、あまりに長いのは無理なので4分から5分くらいのを聞かせるということで、ま、それでも映画としては長いですけれども、一番困ったのは弾き終わってからどうしようかということですね。
弾くまではいろいろプランを立てて練ったんですけど、弾き終わった後が分からなくって、実は撮影直前まで分からなかったんです。
どうしようかなぁというのがあって、それこそスタンディングオーベーションはないよなぁ、で、全員無視してぞろぞろ出て行くってのもあるんだけど、それもひどいよなってのがあって。
無視でもないスタンディングオーベーションでもないどちらでもない終わりかってどうなんだろうということで、ご覧の通り、じっと見守っているということになったのですが、ま、それが良かったかどうかは分かりませんけれど。


  ―そのようにひらめきでつくることは多いのでしょうか?

ほとんどひらめいてつくってるんですけど、ぎりぎりでひらめいても遅いってのがありますからなるべく早いうちからひらめいていれば(場内笑)、こうするから準備しといてとか、何故こうするのかって理由を一生懸命考えることができるんですけど、直前でいっても今更言われても無理ですって言われるだけなので、なるべくひらめきは先にやっとけってことでやってますけど。
でも直前でやっぱりひらめくっていうよりふと思いつくんですね、あるいはそれまでずっとそうしようと思っていたことが撮影直前に、「あ、これ違うな」ってひらめいたりすることもあって、これやっかいなんですけど。
だからそういう時はほんとにひやひやしながら撮影しますけど、まぁなんとか今日まで切り抜けてここまできたんですけど。
でも夢で見ますよ、しょっちゅう観る夢は、笑っちゃうんですけど撮影現場の夢で、「さぁ監督準備が出来ました、お願いします」ってなって、よしわかったて脚本を広げたら、脚本がまっしろなんですよ。
あれ、何も書いて無い、何をやればいいんだろってフット目が覚めるという。(場内笑)
それぐらいいちかばちかでやってるんですけどね。


  ―夢の中でも映画のこと考えてらっしゃるんですね。

ホントにいやですけどね。
映画というか撮影現場の身の処し方というか…


  ―これまでのホラー作品と違い、親・家族という主題ですが、特に子供の表現についてどう考えられたのでしょうか?

小学校6年って設定なんですが、あれくらいの年の子供を主役急にすえたのは初めてで、かなり悩みました。
みんな中の一人だと思っていたのが、「いや違うぞ」というときがきて、これはみんな通る道なんですがそれをやってみたかったんです。


  ―子役の井之脇海くんがとても素晴らしかったです。

実際6年性なんですが、彼はほんとに素晴らしい俳優で、彼にも今行ったようなことをそのままお伝えすると、「分かりました」と自分で演技プランを立てて計算して演技してました、プロの俳優ですね。

  ―車のシーンについて

車のシーンは好きで、多くの映画で二人で助手席と運転席に座って会話するってのはやります。
これは実際感じると思いますが、二人で同じ方向を向いて走っていますと車の中って以外と密室なんですね。
で、こう静かなところで二人、しかも見合っていないので、警戒感がなくなってふっと本音をぽろぽろといっちゃうんですね。
だからデートでも使われるわけで、それまでは全く他人同士だったり、ほとんど本心を明かさなかったりする二人の人間が車に乗るとふっと本音をいっちゃったり、心が通じ合っちゃったということが起こる場所としてよく使います。
これはボクだけじゃないと思います。
それこそ車に乗った二人が恋に陥るとかですね、そういう物語は良くあるので映画にとって重要な小道具、場所だと思います。


  ―監督自身は?

僕は余計なこと考えないで安全運転を心がけてます。(場内笑)


  ―食事のとき、「いただきます」と言うまで食べないというのがクスッと笑えて、おかしかったです。

マックス・マニックスさんというオーストラリア人の、数年日本にもいらっしゃった方で、彼の現代日本を舞台にした原案なんです。
おもしろかったのですが、いまどきそんな家族はいないぞという感じで、とっても父親の権威というのが残っていて、リストラされるなど現代の問題も扱っているんですけど、同時に当たり前のように父親が食べるまで誰一人食べないってのが何回も出てくる。
みんなは当たり前のように守っていて、それが日本の普通の日常の姿だと書かれてあった。
それを読んで、今時そんな家庭ないよなって思いつつ、しかし、あるかもしれないとも思った。
ごく当然のように守っている家族ってのはいないかもしれないが、誰一人当然と思ってはないがなぜか守っているという家族はあるかもしれないなと。
それで、そのように見えたらおもしろないということで、何回もは入れれないので、なぜかそのシステムがあるという奇妙なシーンとして中ほどに入れました。

やってておかしかったんですが、ただ観る方によってさまざまに見えるようです、誰の立場によってみるかで随分違って。
おかしいばかげてると見える方もいらっしゃるし、いやいやまだこの瞬間だけはまだ父親が頑張っていると見えるかたもいるし、かわいそうと見えるかたもいる。


  ―ここでお客さんから質問していただきましょう。

  ―再生の力を“希望”として語ったのか、それとも力の存在を確信して撮ったのか?

兄は還ってきませんが、残された3人たちは行き着くまで行き着いたあと、再生するかのように家に戻ってきます。
再生と思っていただければ嬉しいですが、問題が解決したわけではなく、これからそれぞれの問題に改めてぶつかっていく、そのための再スタート、ゼロに戻る場所が家庭なのかなと思いました。
それが希望や再生かどうかは分かりませんが、再生するための場所があるってのは幸せだろうと、
世界中にはそれが無い人がたくさんいるわけです。
多くの日本人にはぎりぎりそこからもう一回スタートできる場所があってそれが家庭なのかなと思ったのです。



  ―わざとらしさの演出が印象的ですが。

わざとらしさは意識しています。
わざとらしさの対極が自然だとするなら、自然なものってのは疑いようのないもので良いものだとされていて、それは確かにそうで、ボクも好きで普通ならいいなと思いますが、こと映像ということになると、自然なものって氾濫していてテレビや、ビデオで山のようにあふれていて、それはおもしろいんです。
生(なま)の人を撮る、で、俳優もそれに習って生生しい演技、いかにも本当だというようにほどこされた演出、それは悪いとは言いません、僕も一時期それを目指していました。
でも、あまりにも氾濫していて、逆に本当を装ったウソがまかり通っている気がして、映画館でお金を払ってスクリーンで観るときに、ビデオで観るような生な感じをあえて止めたいと思っている。
それは試行錯誤で、それを止めてどうするか、古典的なとってもあざとい演技をするとか、カブキとかいろいろお手本があるんですが、それよりはリアルなものとして映像がどこに踏みとどまるかってのを僕自身いろいろ実験している。
本当らしいものってのはやや最近疑いを感じているのでそうなってきているのです



  ―時間が迫ってきたのですが、最後に質問ありますでしょうか。

  ―トウキョウというタイトル、切り返しなどのシーンに見られる小津への思いは?

(時間が迫っているけど)簡単に答えられないなぁ…。(場内笑)
僕がつけたタイトルではないのですが、これまで東京で散々撮影してきたわけですが、これまで撮影してきた理由はどこでもいいからです。
身近で簡単に撮影できる東京にしてきた。
仙台で撮るには理由がいるのです、どこでもいいなら東京で撮れということになる。
今回はトウキョウとタイトルについてしまって、どうしようかなと理由を考えて、そのまま撮影しちゃったんですけど困りましたね
これは小津の呪いなんだと思うんですけど。
ボクは小津安二郎のマニアなんで、いやでもどこか小津っぽくなっちゃう。
今回、トウキョウというタイトルをつけられて、っぽいですってことを自分で認めて。
切り返しに関しては、小津もなにも人が話しているところの切り返しはこれになるだろう、これ以外に何があるんだというくらいの気持ちでしたが、僕が初めて小津っぽくしましたってのはトウキョウというタイトルがつきましたから初めてトウキョウの風景を3カットほど入れました。
これははっきり小津です。
どう見えたかまだ自分でも分かりません。
…これくらいで勘弁してください(場内笑)


  ―アメリカの軍隊というアイデアについて

これはボクが思いついたアイデアなんですが、母は自分とは何かという内面につきすすんでいく役として設定しました。
で、長男は間逆に外の問題、家庭からもっとも離れたとこにいってしまうという設定にしたことで、戦場だろうと思ったのです。
これはもちろんフィクションなんですが、海外の人に見せると全くリアルなんです。
アメリカ軍に入る制度ってのは架空なんですが、息子とか恋人とか兄弟とか、ある日突然軍隊に入って戦争に行ってしまって、それをどう停めるかってのはリアルなことなんです。
これはすごく大きな問題で、ヨーロッパの人に見せると誰もとっぴな設定だとは言いません。
日本はたまたまそんな制度になってないが、明日にもそうなるかもしれません。
ちょっとしたことで行きたいという人が行ってしまうことになってしまうかもしれない。
そうなったときにどうするか、どうやって停めようか分からない。
それはまずいと思うんですね。
現実には起こっていないが、起こりかねない準備はしておかないとボクにとっては切実な問題として設定しました。
これはとっぴなことではなくリアルなこととして長男を見ていただければ嬉しいと思います。



  ―今日は予定時間を30分もオーバーしてお話しいただきました。
  ありがとうございました。
  (拍手)



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「トウキョウ ソナタ」★★★☆ 小泉今日子 、香川照之 主演 黒沢清 監督、2008年、119分 地下鉄に乗り、同じ方向へ行く他人と それぞれの場所へ、 その繰り返しをいつもは何の疑問も持たずにいる。 自分は地下鉄では文庫本を読んでいる。 でもひと...  …

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